2026年2月25日(水) 薬師寺 松久保伽秀 執事長との出会い ~縁の瓦~
本校の体育館を出たところのガラスケースに「縁の瓦」が展示されています。これは奈良の薬師寺の東塔に載っていた瓦で、「上田市立第二中学校」というへら書きがされています。これは昭和25年に東塔の改修工事をすることになった奈良県が、長野県の信濃教育会に修理のための寄付をお願いしたいという連絡をしたことから、信濃教育会が県内の各校に募金を呼びかけ、当時の二中生がお金を集めて寄進したものでした。しかもそのお金は、各校の意志に任せるということで自主的に集められたお金でした。
昭和25年といえば終戦後わずか5年、とても裕福とは言えない時代でした。そんな中薬師寺の修理のために自らお金を出そうとする二中の先輩たちの心とはどんな心持ちだったのでしょうか。長野県中から集まった金額は70万円ほどで、当時の金額にすると2500万円ほどです。有志によって大変な金額が集まりました。そのお金によって作られた瓦に募金してくれた学校の思いを記念するため、その学校名がへら書きがされ東塔に載ったという経緯です。
それから約60年間東塔を支えた瓦が、平成25年の改修工事の際に発見され、薬師寺の執事である松久保先生が長野県の信濃教育会に電話をされ、この瓦の存在が明るみになりました。二中にこの瓦が返ってきたのは平成29年の7月でした。それを受けて当時の2年生だった中川さんという生徒が、「来年度の修学旅行で新しい瓦を寄進したい」と提案をし、平成30年度の修学旅行の際に3枚の瓦が新しい東塔に載り、また二中と薬師寺を結び付けています。
この瓦に関する歴史の一端を学んだ上で、「なぜ縁(えにし)の瓦というのか」をテーマとして、「どんなひと・もの・ことに縁を感じるか」について学習係の考えたことを起点にして、学年一人ひとり考えてきました。60年前の先輩に縁を感じる生徒、信濃教育会に連絡をくれた薬師寺の松久保執事長に縁を感じる生徒、新たな瓦を寄進することを提案した中川さんに縁を感じる生徒、信濃教育会が募金をそれぞれの自主性に任せたことについて縁を感じた生徒...様々でした。ここまでの学習を踏まえて、2月25日(水)に薬師寺 松久保伽秀 執事長ご本人が二中に来てくださり、講演をしていただきました。縁を感じた「ひと・もの・こと」の一つひとつが欠けていたら、そこで縁は切れていたのかもしれません。この学年の生徒たちもいずれは二中を去り、次の世代に引き継いでいきます。瓦をはじめとした二中に脈々と受け継がれる縁をどうやって残しいくかを問いに、これから生徒たちがどのように行動していくのか、楽しみにしています。





